未完成

未完成 (講談社ノベルス)

未完成 (講談社ノベルス)

孤島の射撃場で自衛隊の小銃が盗まれ、その謎をとくために派遣された朝香と野上。だがその島の自衛隊は、そんな事件を起こすとは思えない雰囲気だった――。


読みやすい文体で、謎にも吸引力があるしで良かったです。
本書に書かれている自衛隊って別世界だ。まるでジャック・ヴァンスの「月の蛾」のように、"文化人類学を取り入れつつ、SF的な世界を作ってみました"ってぐらいに違う世界で興味深い。日本の自衛隊って、ま、真面目なんだね、とすごく驚いた。
もしも、これが実態に近いのなら、やはり腐っているのは一部なのだろうか。


例えば外国のミステリやハードボイルドを読んでると、出てくる警官が賄賂は日常茶飯事だわ、事故にみせかけて犯人を殺すわ、大きな悪のためには、ほとんどの子悪党を取引して野放しにするわ、裏取引はあるわ、マフィアと通じてるわ、なまけものだわ、というのばっかりで、ずっと読んでるうちに警官も軍も正義の側にいることはいるが、やることは悪党とそう変わりないんだと諦めたような気になっていた。
そんな中に、小銃をひとつ無くしただけで、これほどの落ち込みよう。これほどの反省のしよう。ノリが全然違うよ。偉い。

俺は暗澹たる気分に包まれた。
感じる「黒い計画」の影のためではない。
それが「物品愛護」の精神を無視した行為であるからだ。
銃を放り投げるなど・・・とんでもないことだ。想像すると、なんだか自分の体の一部を傷つけられるようおな気分にさえなる。

・・・・「未完成」P83
こういう風に、全く違った世界で違った価値観。それゆえに行なうことが出来ないはずの殺人。を利用したかと思ったら、それとは違う、まったく普通の殺人だった、みたいにひとつのパターンがすぐ作れてしまうくらいに、興味深い。
海外ミステリではまず見られない動機で、まさに日本のミステリだった。翻訳して海外に持っていきたい。それとも、軍隊というのはどの国でもこれくらい銃の取り扱いは重大ごとなのかな。確かに大切にしているだろう事は想像出来るけれど。


ミステリとしても上手いなあ。UNKNOWNより上手くなってるように思った。謎をつくるよりも、キャラクターがその謎をいかに自然に追い詰めていくか、その理詰めの部分をスムーズに分かりやすく、それでいて興味を持続させ、なおかつフェアにやる。これは非常に筆力と構成力がいるものと想像出来ますが、うまくやってのけていると好感度が高かった。


本書は謎が分裂系ですね。久々に分裂系を見たのでおおっと思った。謎の構成はおおまかに分けると分裂系結合系がある、と勝手に思ってる。
分裂系は、"ひとつの謎、一連の行動が、実は別々の意思、別々の目的によって成されたものだった。"
結合系は、"まったく関係のない謎、関係のない事件、人物が、実はつながっていた。"
最近特にハードボイルドなどで結合系をよく読んでたので、分裂系が新鮮でした。


それにしても役に立たない野上三曹であることよ……。朝香は、なんで連れて歩いてるんだろ……。彼の一人称は結構好きなんだけど。
本書の中で好きなセリフは長谷部一士の「野上三曹、灰が落ちますよ」というセリフ。灰が落ちますよ萌え。真剣な話題でみな熱中している時に、他人のことまで観察力がある人はいいなあと思う。