S・Fマガジン・セレクション 1987(早川書房編集部 編)


このS・Fマガジン・セレクションシリーズは、当たりが大目なので好きです。


すいき」(夢枕獏)……晴明と博雅の陰陽師シリーズです。なんとSFマガジン臨時増刊号に載っていたとは。でも確かにSFと言われてもおかしくない。こうやってアンソロジーの形態で読むと、夢枕さんの文体は独特なのだなあといつにも増して感じます。余白が多い。そして凛と研ぎ澄まされているかのように美しい。


ラッキー・カード」(草上仁)……これ、めっちゃ好きです。公平な世の中にするために、運をお金のように数値化した「ラッキー・カード」が人類に配布されている。良い事(ラッキー)が起こると、残高が減って、アンラッキーな事が起こると、残高が増えるのです。
主人公は偶然が積み重なって、とうとう残高が「一ミリラック」のみになってしまった。
これではロクな人生を送る事は出来ないと約束されたようなもの。何故そんな事になったかというと……という話。幸運残高が、増えたり減ったりするのが楽しくてハラハラ。

自分だったら、残りはどれくらいあるのだろうと考えながら読みました。


山の上の交響楽」(中井紀夫)……この話もとても好きです。読むの三回目だ。最初に読んだ時は、アイディア、文章、終わり方、全てが好みだと感動しました。
全てを演奏し終えるまでに、一万年もかかると言われている、長い長い交響楽がある。その曲を、350年以上も、夜も朝も昼も夕方も深夜も、8つのオーケストラが交代で、一瞬の切れ間も無く演奏し続けていて、ついに交響楽の中で一番の難所と言われる〈八百人楽章〉に差しかかる、という話です。


世界観はとても大きくて手の届かないようなもの。それでいて、細部が不思議な親しみやすさを感じるから、その妙が、それこそ心地よい交響楽のよう。
色々な人に読んでもらいたい短編小説だなあ、と思いました。大きなものに包まれている気持ちになれる小説です。
出てくる登場人物の名前もちょっと風変わりで美しく、この話に良く合っています。
トライアングル奏者のチャコさんとか、風に吹かれている倉野さんとか良いよね〜。
世の中の色々な絡繰りにあてはまる気がします。


邪眼」(柾悟郎)……文体に特徴があります。一文が非常に短い。サイバーパンクの先がけといった雰囲気です。でもあそこまで単語の意味が分かりにくいわけでもないです。ちょっと「ブラックロッド」の頃の古橋秀之さんの文体を思い浮かべたりしました。