「ゲッベルスの贈り物」

ゲッベルスの贈り物

ゲッベルスの贈り物

表紙が洒落ていて、この本を自分の手元に置いておきたいと強く思った。
なのにAmazonや「はまぞう」で検索して出てくるのは、私が持っている本の表紙とは違う。ああ何故……。(なので表紙はいれないバージョンで)


何の事前情報も無いまま読み始めたせいで、最初何らかの新人賞をとった、売り出し中の新人の作品なのではと想像してました。
状況を説明しないままに人物の視点を変えて場面展換していく構成、スピート感と不条理感、ノリのよいポップな文体がそう思わせた要因だったのですが、読み終わってからかなり前の作品だと知った。1983年だなんて……その日付を見て驚きました。
とても面白かったです。久々に一気読み。


まず、第一章ではこういう描写がある。

子供のころ、家のすぐ近くの道路で水道管が破裂した事があった。
きれいな水が滝のように溢れ出て、アスファルトの道路を洗い、道端の雑草を洗い、汚れたブロック塀を洗った。まるでその一角だけが谷間の渓流みたいだった。
わたしは今でも、流れの中で水草のように揺れていたタンポポやなずなの葉をはっきりと思い出すことができる。
水面がきらきらと光り、カルキのつんとした匂いすら快かったことも覚えている。
すっかり洗い清められたような今日の青空を見ていたら、ふとそんな昔のことを思い出した。


恋人といる時に幼い頃を思い出している、綺麗で少しノスタルチックな文章。そのあと、恋人の書いた詩を読んだりして甘い雰囲気。
そのまま進んでいくのかと思ったら、その後に起こる感情と行動の落差に不意をつかれました。ここでやられたって感じ。そのままなんの説明もなく、違う人物に場面転換し……そしてそこでもまた不思議が積み重ねられていく。


後で、わたしが恋人の「詩」を褒めたのは全く違った意味からだった事が分かり、その伏線の妙に感心したんだけど、このタイプの伏線が本作には沢山出てきます。例えば、父から娘にあてた「手紙」も、同じく二重の意味を持っていた暗号だったことが分かる。
平凡な文章がまるで違った意味に変貌していく所は、前の手紙がしごくまっとうな文章だっただけに、その落差に恐しさをより感じました。


細かいエピソードや遊び心も満載で、とにかくスピード感がある所が大好きです。
話はどんどん規模が大きくなっていくけれど、私はこれくらいのスケールの方がエンタメしてて好きだなあ。「ゲッペルスの贈り物」が実際にあるとしたら、案外現実味はある気がする。「ドミノ」の部分では所々あれ? と感じたけど、。


「わたし」の正体は、さすがに途中で分かりました……しかし正体がバレた時のシーンを、こういう書き方をしないでも、と思った。 。その落差が「詩」や「暗号」と似た印象を与えて……は、これはなかったな。
でも最後の最後でまた同じタイプの軽いトリックが明らかになるんだけど、ここがとてもよくてね。通常最後のどんでん返しは、後味が悪いものがほとんどなのに、この作品のどんでん返しは、「おれ」への人間性の見方もいい方向にちょっと変えてくれます。


それにしても、こんな面白い作品を書く人なのに、ずっとボツになり続けていたという境遇はどうしてだろうか。この作品を書いた後にもボツはずっと続いていたらい。
最後のスケールが型破り気味な所か、他の本は作風が違うのか、それとも早すぎたのだろうか。作者の他の作品も読みたいです。