脳のなかのワンダーランド(ジェイ・イングラム)

脳のなかのワンダーランド

脳のなかのワンダーランド

多岐に富んだエピソードがたくさん載っていて、小説を読むような感覚で面白く読めた本です。色々な研究や専門的な内容にもよく触れてある。


研究者の一人であるハリーが、亡くなってしまった自分の恩師のヤコヴレフ博士の脳を、博士が自身が「好きだった」方向にスライスするように配慮して研究室に標本している話が、非常に印象的だった。その恩師の脳の標本の前を通ると、胸さわぎがするんだって。
引用してみると、

「博士の脳もここにありますか?」
「あります」
「拝見できますか?」
「ええ。もちろんごらんになれますが、私は見ると悲しくなります。でも、お見せすることにしましょう。実は、これがヤコヴレフ博士の……脳です……」
「(略)そうです。ごらんのように、ここにあるのはどれも彼の脳の断片です。コレハナンバー511。感傷的な理由でなのかどうか自分でもわかりませんが、私は通常20枚おきにしている断片の染色を、10枚おきにすることにしました。この脳の標本ができるだけ多く欲しかったのです。だからその……これをご覧ください。トレーの多さがおわかりになるでしょう。この脳だけでだいたい……そうですね……35段ぐらいのトレーを占めています」
「この脳を膨大なコレクションの一サンプルと捕らえるにしても、やはりあなたにとって特別なものですか?」
「もちろんです。正直言って、こうしてお話している今も身震いがします。本当ですよ。ほかの脳の話をしているときは大丈夫なのですが、これは特別です。あなたがいらっしゃらなくてもこの前を通るたびにどうも胸騒ぎがするのです」

――「脳のワンダーランド」より(P19)
なんかすごいエピソードだ。「……」に復雑な感情が見てとれるよぅ。