幻!(日本冒険作家クラブ編)

幻! (徳間文庫)

幻! (徳間文庫)

表紙が好きです。白くてすっきりしていて、よく見ると、「幻」の字には異国のお金が写っている。その下には遠いサバンナを思い起こさせるような夕暮れ前の空と。
ああ、はまぞうには表紙のデータが無いのか……。残念。


もうひとりの男」(森詠)……主人公は殺し屋。依頼を受け柘植という男を殺したが、殺したははずの男は、何事もなかったかのようにバーに来て主人公の隣のカウターに座る。彼は何者なのか? という話。ちょっとミステリーっぽくて面白かったです。オチがなあ……。悪くはないんだけど、もう少し意外性があると良かった。
一つ気になったのは、ベテラン殺し屋の主人公は、もう一度柘植を殺すために横断歩道橋の上で発砲するのですが、その描写が、
夢中で引き金を絞った。反動で手元がはね上った。轟音が起った」P152
――街中で暗殺するのに、サイレンサー無しですかい。しかも、すぐ近くに警官が二人いるし……。反動で手元がはね上がるってのも。むむ。


夢の病気」(立松和平)……
この人の名前は結構聞いた事があるけど、きちんと読んだのは初めてかな?
文体は、ハードボイルド調ながら、どことなく柔和な感じもして私好みだった。少し優しく疲れた感じの文体。
で、オチがこれですよ。衝撃的といえばそうなんだけど、少し残念な気もしました。
バーテンの動向を気にしすぎです。 森との関係とか、途中で眠っちゃう所とか、良く意味が分からなかった。 難しい……。


タイム・トンネル」(樋口修吉)……若い頃に異国で金持ちの相手(ツバメみたいなものかな)をしていた青年が身を持ち崩す話。
と書くと浅はかな印象になってしまうけど、実際にはどことなく品がある話でした。
どんでん返しがあるわけでもない。劇的な再開があるわけでもない。なのに、いやだからこそ印象に残る。
作者の他の本も読みたいと思った。

「ねえ、これからあなたは自分の道を歩いていくわけだけど、ひとつだけ憶えておいたほうがいいことを教えてあげるわ。……それはね、人間は誰でも、自分の格は自分で決めるってことよ。何かにぶつかって面倒になり、そこで妥決してしまうと、いくらそのときは余裕が残っているつもりでも、結局はそこまでの人間になってしまうわよ。……いいこと、それを忘れずにあなたも早く一人前になってね」

――というマダムの言葉が、妥協してばかりだった私には印象に残りました。いい言葉だなあ。


もう一つ印象に残った文章があります。

 一例をあげて現在の心境を説明してみよう。
 たとえば長距離のドライブをしてるとき、とても好きな曲をラジオでやっていてもトンネルを通り抜けるあいだは聞くことができない。しかし、大した時間ではないのだからトンネルを通過するときぐらいは我慢して運転をつづけるべきなのだ。
 ところが私は敢えて世間の常識にさからい、トンネルの入口にわざわざ車を停めて、ラジオから流れてくる好きな曲に最後までじっくりと耳を傾ける、というような生き方を若いころにしてしまったのだ。つまり、ルール違反を犯したのだから、中年にさしかかって多少みじめな思いをしても方がないと考えているわけだ。P240

こういう心理描写は、非常に「ハードボイルド」的だなあと思います。色々な物を諦めてから長く時間が経つ、それでいて本当に大事な物は決して手渡しはしないぞ、という突っ張りが芯に残っている感じ。


山盗伝」(西木正明)……女をかどわかした盗賊(馬賊)の話。ある種のほら話なんだけど、実は……という。好きなタイプの話ではないけれど、印象には残りました。