拡張による学習―活動理論からのアプローチ(ユーリア・エンゲストローム)


活動理論のジャンルを読むのは初めてなので、分からない単語が多く途惑いました。
でも中盤から後半の、最近接発達領域におけるジレンマ(ダブルバインド)の辺りは、とても面白く読めました。
自分なりにまとめてみます。

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■学習とは
学習は固有の対象とシステム構造を会得するという考えは、以前からあった。

しか著者は、学習活動の本質とは客観的かつ文化(歴史)的に、社会的な新しい活動の構造(新しい対象、新しい道具)を生産する事だと言う。P141
私はこのような行為は「学習」ではなく「創造」あるいは「文化」と補えていたので、この考え方は初めてでした。

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メタ認知
学習に必要な意識は、「メタ認知」という概念で議論されている。
学者ブラウンは、

  1. 確認作業
  2. 問題提起
  3. 自己検証
  4. モニタリング

メタ認知の基本技能としてあげている。
日本でもお馴染みの考え方である。
ブラウンらは、メタ認知の技能を使い、学習の課題や目標に合わせて「努力の仕方を変える」事が必要だと言う。
これはもっともと思われるが、著者は「学習者に与えられた目標や課題が彼らにとって意味をなさない場合」はどうなるのか、吟味されていないと反論する。
「状況」をメタ認知の単位として扱っている(課題によって規定される事が前程になっている)から、これでは「状況」に対応するテクニックに堕してしまう可能性があるというわけだ。
また、状況をコントロールする方法を得たとしても、それにより以前に持っていた対象への感情を失う可能性もある。学習とは常にそうした矛盾を持つものなのだ。

よって学習に必要な高次のメタ認知的技術とは、

  1. 個々の学習状況のみでなく、持続的な活動の文脈をたえず分析し、習得する事
  2. 学習課題に内在している本質的な矛盾(交換価値と使用価値としての二重の性格)を見抜くことが必要


――この二つが、学習活動の主体が生まれる前提条件だという結論を出している。

いやあ、これは本当に高次だね。
難しい……と思ったら、

こういう事は、意識的に行うものではなく、この主体は移行しつつある存在であって、最初の自然発生的な兆候は、おそらく混乱させるような問いを出したり反駁したり、放り出したりという形で現れてくるだろう。


――とあって、安心した・・。

ここでのが、いわゆる学習におけるジレンマ(ダブルバインド)であり、学習が個人的なものから集団的なものへと移行するのに重要な存在になる。
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ダブルバインド(ジレンマ)
これらのジレンマは、ジレンマを形づくる一方の側を他方の側に還元するか、あるいは双方の「相補的」な関係を措定する事によってジレンマの解決をはかろうとするのが一般的な流れだ。
しかし筆者はここで、双方の結びつきを具体的で躍動的なものにしてくれる媒介となる「第三の要素」の存在を指摘する。

これが人間が創造する質的に新しい「道具(概念なども含まれる)」になり、矛盾の転換に必要なものなのだ。

そしてこの道具によるダブルバインドの解消は最終的には周りの状況を変える事に結びつき、その事により自分も周りも……つまり「集団」として共に影響し合い、変わっていき、集団としての新しい道具、理論が作られてゆく。
集団的転換。集団的な学習
これが「拡張による学習」なのである。


というわけでした。
本書から重要と思われる部分を抜粋すると、

人間活動とは、常に生産と再生産、創造と保守の矛盾に満ちた統一体である。
人間活動の明白な特徴は、活動それ自体の構造を複雑化し、質的に変えていく、新しい道具をたえまなく創造していくことにある。人間活動は、たんに個人の産物ではない。それは同時に、また不可分に、社会的な交換と社会的な分配でもある。言いかえれば、人間活動は常に、分業とルールによって支配される共同体の内部で生じるのである。P168

「拡張による学習」の本質を言い表しているのでは。


新しい活動を促す源泉が、すでにある活動における内的矛盾であるというのは、成程なと思った。
この矛盾を新しい物へと転換する「道具」。それを人間が創り出す事が学習の一つの側面であるというのはいいね。

とても簡単に纏めると、
特定状況においてどのような行為をするかから、どのような状況かを判断して状況を変える学習は、個人ではなく集団の中で学ばれる……ということか。(これじゃ簡単すぎる纏めかな)


やはり一冊だけだとよく読みとれてないだろうから、類似の本も読んでみたい。
どうやら認知科学の状況論という分野らしい。
著者のサイトでは原文が全部掲載されています。太っ腹! 素晴らしい。
■リンク
Learning by Expanding